博士と秘書のやさしい恋の始め方
「お友達になってください」とお願いするのに迷いはなかったけれど、ちょっとだけ引っかかることがあった。

お詫びだとか、説明だとか、ここ最近の私の態度について、先生に何か言うべきかどうか……。

正直、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

だって、勝手に誤解して、人妻と不倫してる野郎認定していたわけで。

その私情を職場に持ち込んで、急に態度を翻(ひるがえ)したりして。

「ごめんなさい」と伝えたい。

けど――心からそう思う一方で、こんなふうにも考える。

田中先生は私が思うほど私のことなど気にしていないのではないか、と。

だとしたら、それこそまたまた独り相撲。

三角さんは、私の態度に田中先生も戸惑っているみたいだったと言っていたけど、でも……。

「ここ最近、失礼な態度をとってしまいすみませんでした」と言ったとして、「は? 何のことですか?」なーんて返されたら? 

こ、これは痛い……痛すぎる。

まさしく自意識過剰。

恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

私のここ最近の態度について触れるということは、それに至った経緯を説明することにもなる。

私は先生に何をどう話すというのだろう。

沖野先生と不倫してるって誤解しちゃいました、って? 

ショック受けちゃって先生のこと避けちゃいました、って? 

い、言えない……まさか言えない。

できればこの件についてはいっさい不問で、なかったことにしていただきたい……。

すごく勝手でずるいけど、つまるところ正直な気持ちはそうなのだ。

田中先生に自分の想いを悟られるのが怖いから。私は本当にわがままだ。

近づきたい、もっと近くにいさせてほしい。私が知らない先生のこと、聞かせてほしい。

相手にはそんなふうに、心をゆるしてほしいと望むくせに、自分は……。

そういうわけで、勝手ながら少し様子を見させてもらうことにしたのだった。

もしも、先生から「どうして避けていたのか」と問われたら正直に言おう。

自身にそう約束をして。
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