博士と秘書のやさしい恋の始め方
俺は心の中で一呼吸おき、話を切り出すことにした。

「ところで、山下さん――」

「先生、ありがとうございますっ」

彼女はまるで俺の話を遮るように気持ち早口でそう言うと、ひどく恐縮した様子で深々と頭をさげた。

これはいったい???

「あのっ、“お友達”になってくださって、ありがとうございますっ」

なるほど、その話か。

というか――俺のほうから礼を言うつもりだったのに、なんたることだ。

つくづく使えない自分に嫌気がさす……。

「俺のほうこそ、ありがとうございます。その……すごく驚きました。驚いたんですが……嬉しかったです。本当に大歓迎で、とにかく……とても嬉しかったです」

薄っぺらい辞書の中から懸命に言葉をみつくろって気持ちを伝えた。

そんな俺の言葉に、山下さんは優しく耳を傾けてくれた。

無駄にトシを重ねただけのオッサンの拙い言葉に、一つひとつ丁寧に。

「よかったです。安心しました、私」

「安心?」

「沖野先生に誘っていただいて、つい調子に乗って田中先生のところへ押しかけてしまったんですけど。もし、ご迷惑になっていたらって……」

「そんなことはないっ。ないです、絶対に」

断じてない。あるはずがない。

柄にもなく熱く力説する俺に、彼女ははにかんだように微笑んで少しだけ目を伏せた。

「私、ゲームなんてはまったことなかったんです。でも、すごく楽しくて……。自分でもかなり驚いちゃってます」

「これからもっともっと楽しくなりますよ」

「説得力ありますね。あれだけのめりこんでいるニュートリノさんが言うんですもの」

「凝りだしたらとまりません。キノコさんも、もう覚悟してとことんのめりこむのをおすすめします」

本当にのめりこんで欲しいのは、ゲームではなく「俺に」なのだが。
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