博士と秘書のやさしい恋の始め方
俺は内心その衝撃に動揺しつつも、とりあえず平静を装って彼女を見つめた。

彼女はというと、まるで平常心といった面持ちで穏やかな笑みを浮かべている。

困った、まいった……。

またまたまたもや、彼女の心理がわからない。

「先生も一緒に食べてください、食べましょう。すぐにコーヒー淹れますから、ね?」

あ、そういうこと……。というか、俺は何を過剰反応しているんだ。

自分で自分に疲れてくる……。

もちろん、お誘いを断る理由はない。

「おつきあいしましょう」

山下さんとなら、どんなおつきあいでも。

彼女が淹れてくれた美味しいコーヒーと、俺が買ってきた猫ちゃんサブレ。

飲みながら食べながら、ふたりでしばらく話をした。

「先生、頭からガブリですか」

「そういう山下さんは尻尾から攻めましたね」

いつもは仕事の話しかしないこの空間で、彼女とふたりで寛いでいるなんて。

なんだか少々不思議な心持がする。

「そういえば、山下さんは沖野先生とはどういうつながりなんですか?」

「えーとですね……三角さんと沖野先生が保育園のママ友さんということで。なので、三角さんつながりでしょうか」

「なるほど」

三角さんは頼りになる古参のテクニカルスタッフだが、それと同時に敵にまわすと恐ろしく厄介な存在でもある。

幸いなことに、今のところはこのラボを気に入ってくれているようだし、俺の味方についてくれているが。

ある意味、油断ならない人物でもある。

山下さんは三角さんをずいぶん信頼しているようだし、三角さんもまた山下さんのことを評価して可愛がっているようにみえる。

そこへ沖野先生までも、か……。

なんとなくだが、三角さんと沖野先生の好奇の眼差しを感じるのは俺の気のせいだろうか?

「先生。私の村って竹林があるじゃないですか」

「ああ、あの裏山の」

「そうです。でね、笹団子が作れるようになったんですよ」

「ほほう。さすが“山の女”ですね」

「よかったら食べていってくださいね」

“食べにきてください”ではないことが、俺をとても喜ばせた。

彼女はもう俺は来るものだと認識してくれているわけだから。
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