それでも私は
プロローグ
「っはぁ!っはぁ、はぁ、はぁっ。」
「おい、あそこだ!」
「逃がすな!」
後ろから聞こえてきた大声に、舌打ちする。
見つかってしまった。
既に切れている息を何度も何度も大きく吸うが、全く足りない。体はフラフラしていて、あまり力が入らない。それでも、それでもと重い足を引きずるようにして走った。絶対に捕まるものか。
そう思ったのもつかの間、そんな思いとは裏腹に、
「みぃーつけた。」
前方から男の声がした。しまった。そう思った時にはもう遅かった。前から嫌な笑みを浮かべながら歩いてくる、戦闘服姿の男。にぃ、っと細められた目と上げられた口角に、スッと背中が冷えた。
「いたぞ!」
そして後ろからは先程から追いかけてくる白衣姿の研究員が5人ほど。
挟み撃ちにされた。
「お前さぁ、逃げられると思ってたのぉ?」
馬鹿にした眼差しを向けてくる戦闘服の男。間延びした声が耳に絡みつくようで不愉快だ。
さぁ、どうしよう。今私はボロボロの白いワンピースのような服、実験体のための服を着ているだけだ。武器は、ない。
「大人しく捕まれや、実験体。」
その言葉に冷えた体が一瞬にして熱くなった。
パチンッと指を鳴らす。小気味よい音が小さく響く、その瞬間。
ユラリ、と私の周りに暗く濃い黒い煙のようなものが現れた。
ザワリと空気が震える。
前も後ろも警戒したのがわかった。
「気をつけろ!アレに触れんなよ!」
後ろからした研究員の声に、いち早く霧を向ける。そして霧が触れた。
「ひっ、ぐ、あ、あぁぁぁ。」
霧が触れた所から、霧の黒さが染み込んでいくかのように研究員の肌を黒く染めた。表情に恐怖が滲む。
「あはは、死んじゃえ。」
ボタボタボタッ。腐敗したような黒い肌がドロリと落ちた。