好きより、もっと。
従業員入口を通り、今日のイベントステージのある場所を目指す。
今日は自動車ディーラーとカーナビ家電のコラボイベントで、新車発表に合わせて最新カーナビの紹介をすることになっている。
そこで、受付秘書のようなディーラーの制服を来てMCをする、というわけだ。
当日の流れをもう一度頭の中で反芻しながら、一歩ずつ歩いて行く。
その間。
菊池ちゃんのお母さんの声が、頭から離れなかった。
不謹慎なのは分かっている。
それでも、嬉しかった。
私を慕って。
私の仕事を、いつも引き受けてくれるスタッフの女の子が。
自分の身体はとても痛かったはずなのに。
開口一番に自分の名前を呼んでくれたことが。
私との『仕事』という契約を、とても大切に考えていてくれたことが。
家族に私の話をするくらい信頼してくれていたことが。
とてつもなく、嬉しかった。
そんなスタッフのためなら、私は喜んで現場に立とうと想う。
どんなことをしてでも、何を振り払ってでも逢いたい人がいても。
かけがえのない、たった一人の人が目の前にいても。
私を信頼してくれた、別の『たった一人』のために、自分のことを蔑ろにしたって構わなかった。
自己犠牲と言われても、自己満足と言われても、それでいい。
だって、それだけの信頼をくれる人のために、何かしたいと想うから。
そうする事しか出来ないくらい、自分が不器用だ、って。
知ってるから。
菊池ちゃんは、大切なことを思い出させてくれた。
忙しさに流されて忘れていた、初めてスタッフを現場に送り出した時の気持ちを。
『高田さんが担当で、良かった』
そう言ってくれることが、自分の活力になっていることを、改めて実感した。
これだから、この仕事は辞められない。
自分がいて良かった、と。
そう言ってくれる人がいる限り、私はこの仕事を続けていくのだろう、と思った。