好きより、もっと。
――――――コン、コン、――――――
控室の扉が叩かれて、時間が急に現実に戻ったみたいだった。
カズの腕の中で泣いていた私は我に返って、ぐい、とカズから距離を取った。
その腕の温もりが名残惜しくなる前に離れなくては。
そうしないと私は此処から動けなくなってしまうような気がした。
カズは無表情のまま私を見つめていた。
その目に映る私は『タクの大切なもの』のはずなのに、何か違う存在を映すかのようなカズの瞳を、少しだけ怖いと想った。
「失礼しま――――、あれ?鍵かかってる?すみませーん!今日のMCなんですがー!!」
聴こえた声にビクリと肩を揺らした私に優しく触れるカズ。
とん、と肩に置かれた手は、とても冷たい手をしていた。
私をドアから遠ざけて後ろを向かせる。
その間に顔をなんとかしろ、という合図であるとわかって、慌てて自分の顔を鏡で確認した。
目が真っ赤で腫れぼったく。
マスカラが落ちて目のふちがパンダになっている。
ティッシュで応急処置をしている間に、カズがドアの鍵を開けた。
「失礼しました。打ち合わせで使わせて頂いていたもので――――」
「お久しぶりです」
そこには。
くりくりの可愛らしい男の子を連れた女の人が立っていた。
まだ二、三歳くらいの男の子は、大人しく手を引かれて立っていた。
「子連れでごめんなさいね。急に連絡きちゃったもんだから。元気にしてましたか?お二人とも」