好きより、もっと。
「もちろ――――」
「ごめんなぁ。お姉ちゃんはこれから出かけなきゃいけないんだ」
その声に反応したのは、私よりもカズの方が早かった。
振り向いた先には獲物を狙うような目をした大人の男が立っていて。
男の子の頭をぽんぽんと撫でたその手が、私の手首を掴んでそのまま出口へ向かう。
片手を軽く上げて『お礼はたっぷりしますから』と時雨さんに向けて声を掛けた、その人。
引かれる腕の強さと状況が呑み込めない自分に混乱していたが、なんとか『お疲れ様です』とだけ言葉を紡いで控室を抜け出した。
ドアの閉まる瞬間、寂しそうにバイバイと言って手を振る男の子が視界に入り、耳には大崎さんを呼ぶカズの声が響いていた。
足早に廊下を歩きながら手首に伝わる熱い体温を見つめる。
フロアに戻ると尾上さんがいて、その人を見つけた瞬間に手を離された。
離れたことによって、どれだけ強く掴まれていたのかが鮮明になる。
手首に残る手の感覚が大崎さんの存在をより明確にするようだった。
「この度はありがとうございました。ご無理を申し上げて、大変申し訳ありませんでした」
「大崎さんは御礼が先ですが。狡いね」
「うちの部下を認めてもらって謝罪が先には出ないですから」
「・・・水鳥嬢は、しっかりやっているようだね」
「それはもう。櫻井さんの件は、後日ご相談させてください。高田に同行して伺いますので」
上司とクライアントが会話をしているのを遮るのは失礼に当たると重々承知している。
それでも、尾上さんに伝えたいことがあった。