好きより、もっと。
「悪い、待たせたな」
余裕の顔をした大崎さんが、なんでもない様に後部座席に乗り込んで来る。
ちらりと目を向けてその姿を確認し、何の言葉も発せないまま首を横に振った。
力なく応える私の顔をじっと見つめたまま、大崎さんはその武骨な手を私の頭の上へと移動させてきた。
優しく指で髪を梳いていくその感触は『心配している』と伝えられているようで、とてつもなく居心地の良い感触だった。
目を瞑りその感触を確かめるように頭の上に意識を集中していると、その手のひらがゆっくりと頬へと移動してきた。
親指で私の目元を擦るような感触に薄っすらと目を開ければ、そのまま大崎さんの方へと顔の向きを変えられた。
無理強いをするような強引さではなく、そっと促すような優しい仕草に逆らう理由など、今は思い浮かべることさえ出来なかった。
目が合った大崎さんはどこか怒りを含んだ表情をして、私を真っ直ぐ見つめている。
その目を見つめている自分の瞳が揺れるのが分かった。
動揺したのだ。
怒りを含んでいる理由が分からないことが、怖かったのだ。
親指の腹で頬を何度か撫でた後、少しだけ表情を緩めたその人が口を開いた。
「言え。何があったのか」
上司の口調で放たれた命令形の言葉は、仕事の習性上、とてつもなく断りづらいものだった。
それでも、自分の言葉で表現してしまうと認めたくない事実まで認めなくてはいけない気がして、私は何も言うことが出来なかった。