好きより、もっと。
「そんな顔されてちゃ、心配にもなるだろ」
男らしいその武骨な親指で何度頬を撫でられても、口を開くことなど出来なかった。
優しいその仕草に簡単に甘えることが出来そうな自分への戒めとして、しっかりと唇をかんで目だけで俯く。
感じる視線の強さに息をすることさえ憚られているというのに。
余裕の指先は噛み締めた私の唇へと下りてきてしまった。
咄嗟に触れた指の熱に抗うように掌と反対側へと顔を向ければ、それを許さない、とばかりにもう片方の手も頬に添えられた。
逃げ場を失った私は目線を合わせないという抵抗しか許されず。
両方の頬に感じる熱に浮かされ無い様にと、必死に目の前の人の視線から逃げ続けていた。
「高田、顔を上げろ」
「・・・いや、です」
「無理に上げられたいのか?」
「・・・」
無言でやり過ごす以外、私に何が出来るというのだろう。
この距離感で、この人のプライベートゾーンともいえる車という密室の中で。
逃げ出す気力も体力も残っていない私が出来る唯一の抵抗は、その人に反応をしないという些細なことしか残されていなかった。
今、この人の思惑通りに自分が行動してしまったら。
本当にどうにもならない状況に陥ってしまうのではないか、という予感がしている。
助けを求めるようにこの人に縋ったのは紛れもなく私自身なのに。
縋ることが出来ないと連絡の手段さえ自分から絶ってしまった拓海とカズに、『助けて欲しい』という、我儘な想いばかりが渦巻いていた。
――――――ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ――――――
鞄の中から、携帯電話の鳴る音がして私は目だけで振り返る。
サイレントにしたはずなのに電話が鳴っていることに動揺したが、そういえば会社ケータイはそのままにしてあったことを思い出す。
動揺する私の頬から片方の手を剥がして、大崎さんが私の鞄を渡してくれた。
促されるように携帯を取り出すと『藤澤和美』という名前がディスプレイに浮かんでいた。