好きより、もっと。
「突然すみません。うちの上司が昨日、何か失礼なことでもしましたか?」
『え?亮二はんどすか?昨日はご兄弟の一哉はんとえらい楽しそうに飲んではったけど、珍しく酔ったみたいで帰るって』
「そうなんですか。いや、その後うちに来てすごく酔ってる様子だったので、何かあったのかと思って」
『何もあらしません。うちの店では』
何かを含んだような雪江さんの物言いに今までにない冷たさを感じ取って、背筋がゾワリとするのを感じた。
京都弁は柔らかい綺麗な言葉だけれど、それ故に怒りを含んだ言葉に変わると信じられないくらい恐ろしい言葉なになるのだと初めて知った。
「『うちでは』ってことは、他でなにか?」
『うちは何も知りません。前のお店でお客はんと揉めたらしいどすけど、あまりに大人げないことやったさかい、ちびっとお説教をしただけどす』
「・・・なるほど」
ちらりと目線をやるとバツが悪そうに目線を逸らす廣瀬さん。
兄貴と一緒だったにも関わらず、客に絡むってどんだけだよ。
漏れ聞こえる雪江さんの声にいちいち反応している姿は、まるで男子高校生が好きな女子の話に聞き耳を立てている姿のようで。
なんだかんだで俺は廣瀬さんに甘いらしく、いつもよりもトゲトゲしている雪江さんの説得をしなくてはという、持たなくてもいいような責任感を持ってしまった。