好きより、もっと。
「雪江さん、すみません。こんなところまで来て頂いて」
「なんも気にせんといてください。涼二はんの我が儘やもの」
「いや、俺が無理に雪江さんを呼んだんですけどね」
「ええんどす。あたしかて好きで此処に来てるんよ。藤澤さんが気にすることなんて、なんもありません」
切れた鼻緒を気にしながら、エントランスのドアの近くに立っている雪江さん。
立っている分には問題がないのだろうけれど、動き出そうとするとバランスを崩してしまうのだろう。
そんな状態でも此処に来てくれたということは。
少なからず廣瀬さんとの仲は進展しているのか、はたまた、昔なじみの坊ちゃんなので仕方なく面倒を見ているのか。
結局二人の関係性がどんなものなのか聞く機会を失っているけれど、それほど距離が遠い関係ではないのだろうな、と予測するのは簡単だった。
「では、雪江さん。お手をどうぞ」
「すんまへん。お世話かけます」
歩き出そうとした雪江さんは、少し躊躇ってからゆっくりと足を踏み出した。
切れた鼻緒のまま歩くのは余程歩きづらいのか、引きずるように足を前に出す。
こんな状態のまま家まで来させてしまったことを申し訳ない気持ちで見つめると、雪江さんはグラリとバランスを崩してしまった。
ここまで歩いてくるのに体力を大分使ってしまったようで、足の踏ん張りが効いていない。
咄嗟に抱きかかえるようにして雪江さんの肩を抱き寄せる。
亜未とは違う桜のお香の匂いがして、思わず雪江さんの方を見つめてしまった。