好きより、もっと。



「ええなぁ。まだそないな若い反応出来るいうことは、精一杯相手のことを好きって言えるってことどす。お相手の方が羨ましい。あたしはもう、そないに真っ直ぐでいられへんから」



俺の腕にきゅっと捕まった雪江さんは、『じゃあ、行きましょか』と顔を上げてニコリと笑った。

その顔は仕事場で見せるような隙の無い表情をしていて、俺はそれ以上のことを雪江さんに訊けなくなってしまった。

片手を差し出し手を引いて、もう片方の手は背中に回して歩けるように雪江さんを促す。



部屋に着いた雪江さんは廣瀬さんに対して有無を言わせない態度で説教をし、その説教を聞いている姿はなんだかいたたまれないものだった。

その間に雪江さんの鼻緒を直しておこうと試行錯誤したが、下駄なんてものに馴染みがない俺には修理方法がサッパリで。

玄関で蹲っている俺の肩を優しく叩いたのは、説教された後だなんて思えない程、清々しい顔をした廣瀬さんだった。




謎だ。

なんなんだ、この二人。

意味わかんねぇ。




それもこの人達なりのカタチなんだろうな、と納得して、手際よく鼻緒を直す背中を眺めていた。



そうこうしているうちに夕方の四時半を過ぎ。

カズと未央が到着しないのが流石に心配になった俺は、二人に電話を掛けていた。

呼び出し音は鳴るのに電話に出ない俺の弟夫婦。

あまり二人を待たせるのも気が引けて、先に家を出てもらうことにした。



『夜遅くにこちらに着くのは大変だろうから、無理をさせないように』と雪江さんに釘を刺され、廣瀬さんは『帰る前には会わせろよ』と会わずに帰すなという意味を含んだ言葉を放って行った。


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