好きより、もっと。
「カズの兄貴に、電話しろ」
「え・・・」
「本当はこのまま連絡なんてさせたくないけどな。お前がどうにも動けないなら、動くにしろ動かないにしろ、ハッキリさせるべきだと俺は想う」
コポコポとコーヒーが注がれる音がして、部屋中にコーヒーの匂いが充満する。
この匂いは、気持ちを落ち着けてくれる匂いだ。
自分の思考回路を鮮明にしてくれるコーヒーの香りを感じながら、大崎さんの言葉を反芻する。
大崎さんの言うことはもっともで、私はハッキリさせるべきなのだと思う。
今日あった出来事はたった一つ。
『タクが女の人の肩を抱いて、玄関のエントランスをくぐった』ということだけなのだ。
その人とどんな関係なのか。
どうして肩を抱いていたのか。
人との距離感を取り続けているタクが、どうして家に上げることになったのか。
私は、何も訊いていないのだ。
私は、ただ逃げ出しただけなのだから。
逃げていなければ、何か違ったのだろうか?
逃げ出してしまった今でも、何か変わることがあるのだろうか?
冷静になった今なら、まだ出来ることがあるのでは、と想える。
そんなきっかけをくれたのも、大崎さんだった。
キッチンからコーヒーを持ってリビングへ戻って来る人に目を向ける。
私の顔を見つめて目を見開いたその人は、仕事中のように優しく笑った。
その顔は、仕事を成功させた時に見せてくれる納得の笑顔で。
私の考え方や行動が間違いではない、と太鼓判をくれる時の表情だった。