好きより、もっと。
「忘れてた」
唐突にそう告げて、私のデスクに戻って来る大崎さん。
無表情な顔で大崎さんを見上げると、私の携帯電話が差し出された。
手放すことが出来ずに縋り付いていたはずのソレを置いて帰るほど、私は何も考えることが出来なかったのだと知る。
手放してしまえば、こんなにもあっけなく忘れ去られる存在で。
けれどソレがないことで、息の仕方も忘れてしまった人形のような自分だった。
手の中に戻って来たことに安堵すると同時に、胸の奥が潰れてしまいそうな重苦しさと泣きたくなるような嬉しさが襲うのは何故だろう。
自分がいかに囚われており、その囚われている自分に安心するのかを想い知らされたようだった。
目線を上げて大崎さんを見る。
その目線の先には、さっきよりも幾分か和らいだ上司がいて私に笑いかけていた。
どうしてそんな顔をしているのか問いただそうと思ったが、その人の目に映る自分を見て理解した。
――――――感情が、ある――――――
鏡で自分の顔を覗きこみメイクをしてきたけれど、いつも通りに仕上がったはずの自分の顔には一切の感情がなかった。
能面のように固まったまま、どんなに表情を作ろうとしても作れなかったのだ。
それが、戻った。
連絡を取れた訳でも、声を聴けた訳でもない。
それでも。
連絡を取る『手段』が手に入ったことで、私は心の底から安堵したのだ。
手渡された携帯電話は電源が切れていた。
何も移さない真っ黒な画面のそれを、私はぎゅっと抱き締めた。