好きより、もっと。



「亜末」




やってしまった、と想ってタクの顔を見れずにいると、タクから優しい声が降ってきた。

その声は、とても甘くて甘くて。

なんだか赤面してしまいそうな呼び方だった。




顔を上げるとタクは笑っていて。

その顔は、なんだか幸せそうな顔ではなかった。

どちらかと言うと苦しそうで。


私まで切なくなるような、そんな表情だった。




「・・・いいじゃねぇか。亜末、好きだろ?『かしわせいろ』」


「・・・うん」




大好きだよ。


お蕎麦自体が大好きで、お気に入りのお蕎麦屋さんに一人で行くのは当たり前。

夏は冷たいお蕎麦を啜って満腹になるまで食べ切るし。

冬は決まって『かしわせいろ』ばかり食べている。




「・・・今年の冬は、中々一緒に食えねぇからな・・・」


「え?」


「ほらっ!手ぇ、合わせろ」


「あっ、ハイッ!」





目の前でパンッと二人手を合わせて、顔を見る。

目が合うと、口の端だけ上げたような笑顔を作ってくれた。




「「せーのっ、いただきます!」」




二人でご飯を食べる時は、必ず『こう』するんだ。



どちらから決めた訳でもなく。

自然と、そうしてきたんだ。

今までは。




本当はわかってるよ。

今年はきっと、一緒に食べられないだろうから。

まだ寒いと言えない時期に作ってくれたこと。

わかってるよ。


< 72 / 201 >

この作品をシェア

pagetop