好きより、もっと。
「ふうっ、美味しかった」
「そうか。そりゃ良かった」
気付けば二人ともすっかり完食していて、例年よりも温かい気候のせいもあり、汗が止まらずにいた。
仕事明けでメイクがボロボロな上に『かしわせいろ』なんて食べたもんだから。
私のマスカラやファンデーションはとても悲惨な状態になってしまっていた。
「ぎゃーっ!もう、ティッシュどろどろじゃないっ!あー、汗止まんないわ」
「ひでぇ顔。それ、ティッシュとかタオルの次元じゃないないだろ?顔洗ってこいよ。マジひでぇ」
「こら、彼氏。彼女に向かってそれはナイだろ」
「彼女だから言えんだろ。いいから行ってこい」
タクの言葉に口を尖らせ、あからさまに不機嫌を漂わせて洗面台へ向かった。
ふざけたやり取りだとしても、ちょっと落ち込んでしまう。
特に、綺麗な顔をしたタクに言われると傷付くってことを。
もう少し理解してくれればいいのに。
洗面台に立ってヘアバンドをし、クリップで髪の毛をまとめる。
クレンジングクリームを手のひらに取って、もう既にでろでろになってしまった化粧を落とす事にした。
こういうふとした時に、発作のように寂しくなる。
まだタクは此処にいるのに。
それでも寂しくなる。
こんな風に言い合いが出来なくなるんだなと考えてしまう自分が、心底情けなかった。
目を瞑ってクリームを顔に塗っていると、余計な事ばかりが浮かんでくる。
タクがいない日常を想って苦しさばかりが増していた。