好きより、もっと。
この人は、人の顔を見抜くのが本当に上手い。
酒を飲ませたのは、俺の顔を晒すためじゃない。
自分の本当の顔を全面に見せてくれた後、『お前がいいなら本性出せよ』と言ってくる。
そんなことを言われたら、素になるしかないじゃないか。
「まぁ、三年は俺の下にいるんだろ?色んな対処法を教えてやるよ。会社での顔も、遠距離恋愛についても」
「なんですか、それ。でも、まぁ。頼もしいですよ」
こんな風に俺の東京生活は始まった。
平穏無事に、とはいきそうもない廣瀬さんとの出会いは、俺にとって嬉しい誤算だった。
亜未と離れて、和美と離れて。
慣れない街で生活していくことは、不安以外の何物でもなかった。
それを忘れさせてくれる存在に、俺は心から感謝をした。
まぁ、酒は化け物みたいに飲むとしても、だ。
気付けば終電ギリギリの時間になっていて、俺は帰りの手段がタクシーになることを覚悟した。
東京のタクシー代は馬鹿にならない。
走れば終電も乗れるだろうが、今の俺にそんな気力は無い。
そんなことを考えていると、廣瀬さんがニヤリと笑った。
コイツ。
気付いてて俺に言わなかったな。
コノヤロウ。
「家とホテル、どっちがいい?好きな方選べ」
「ホテル」
「そこは大人しく『お邪魔します』と言え」
「最初からそのつもりでしたね」
「当たり前だろ。じゃなきゃ、こんな時間まで付き合わせねぇよ」
そう言って、さっき『雪江さん』と呼ばれた女の人を呼びつけた。
雪江さんは呆れたような顔をしながらも、廣瀬さんに優しい眼差しを向けていた。
不安は、ある。
けれど、それを楽しむ方法を、目の前の人は教えてくれる気がした。
どこにいても亜未のことを想い出すことに変わらないけれど。
この人といれば、寂しさに押し潰されることはないような気がした。
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