君がいたから
「店忙しいの忘れてた。また今度にするよ」

 そうだった!お店の買出しに、真己は来てたんじゃない。

「ごめんね、私そそっかしくて。今度、絶対来てね!」
「ああ。じゃあな」

 手を振って一時の別れを告げると、私は真己の背中を見送った。
 階段前で真己が早く部屋に入るようにと合図していたので、一旦部屋に入る振りをして様子を伺った。私は帰る人を見送るのが好きなのだ。真己が階段を下り始めたことを確認すると、手すりにのっかるようにして出てくるのを待つ。振り返るかな?そのまま行っちゃうかな?と考えるのもまた一興。
 真己は……振り返った。少々呆れた顔をしていたけど、手を上げてくれたのだから、そんなに気分を害してはないだろう。

「う、寒い」

 姿が見えなくなっても、しばらく真己のいた場所を眺めていたせいだ。初夏なので、夜は半袖では寒いくらいだった。
 腕をさすって、部屋を出たときとは違う格好だったのを思い出した。半袖のTシャツを着て出たはずなのに長袖のシャツを羽織っている。真己が気遣って自分の着ていたシャツを貸してくれたのだ。
 そっと袖の匂いを嗅いでみた。これが真己の匂いなんだぁ……はっと我に返った私は、自分が今したことに急に恥ずかしさを感じ、慌てて部屋の中に入った。
 たった数十分だったのに、色々あったなぁ。
 近所迷惑かと思いつつ洗濯を始めた私は、明日の楽しみと昔の懐かしさの両方を感じていた。

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