可愛いなんてバカらしい
「紀美.......紀美のところに行かなくちゃ.....」


大樹くんのポケットティッシュで涙を拭き、走り出した。


「.....っはぁはぁ.....」


ダッシュしたせいか手が震えていた。


深い深呼吸をしてインターホンを押す。


「今日も来てくれたの!どうぞ上がってぇ。」


紀美ママはいつものように招き入れてくれた。


「お邪魔します.....」


そのまま階段へ上がり、紀美の部屋まで直行する。


「紀美....?ちょっといい?そのままでいいから.....。」


紀美ママにはリビングで待っててもらうことにした。


「あのね.....大樹くんから聞いたの。引っ越しするんだね....。」


部屋の中から物音がする。


驚いているようだ。


「でも、大樹くんは悪くないの!私が問い詰めたから......。」


涙をグッと堪え、本音を打ち明けた。


「どうして、言ってくれなかったの?引っ越しのこと」


人には本音をあまり言わない主義だ。


嫌われてしまうかもしれないから。


相手が傷ついてしまうかもしれないから。


自分が嫌なことは人にはしない、言わない。


そう昔から両親に言われ続けた。


「私......紀美のこと親友だと思ってた......のに.....。一番最初に言ってほしかったなぁ......」


涙が一粒一粒落ちて、堪える事ができない。


「紀美........出てきてよ....ちゃんと話してよ........!」


部屋の前に座り込み、こぼれる涙を拭き取る。


「.............引っ越しの事言わなくてごめん。」


突然の声。


部屋を見つめる。


「...き.....み...?」


「...............ごめんね。でも、幸には言いたくなかった。」


私に言いたくなかった?


どうして?


「どうして?」


「...........嫉妬.....してたの。幸も大樹くんのこと好きなんじゃないかもって思って.....。」


「そんなことないよ......!」


「...........だって、この間二人で会って何か話してたじゃない。あれって告白じゃなかったの?」


「違うよ......!私はあの時...大樹くんの相談を受けてて....。」


「......相談?」


あの日会ったことを全て打ち明けた。


紀美は部屋を開けないまま黙って私の話を聞いた。


話終わった後、私の涙はすっかり枯れていた。


紀美はまだ部屋から出てこない。


「.......全部話したよ。」


「私の........勘違いだったの....?」


部屋のドアが静かに開いた。


「.....ごめん...ごめん..幸.....」


紀美は大粒の涙を流して私に飛びついた。
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