Schneehase~雪うさぎ
身代わり王子にご用心番外編
桃花は気の毒なほどに落ち込んでいて、少し苛めすぎたかと反省する。
勇気を振り絞れ、と言葉裏で彼女を挑発したが、それならば私も同じだ。
女性から言わせようなどと、まったく男らしくない。こんなに受け身でどうする?
ほんの少しだけでも、己を奮い立たせれば言えるたった一言。この20年の想いはそれだけで言い表せないが、それでもきちんと伝えねばなにも始まらない。
ポケットに入れた紋章入りの指輪の存在を確かめる。ジャケットの胸ポケットに入ったそれは、私の心臓のすぐ近くにある。速くなる鼓動を感じながら、カタンと椅子から立ち上がった。
そのまま前屈みになり、桃花に顔を近づける。気付いた彼女に不意打ちに軽いキスをして、その間に彼女の両手に指輪を握らせた。
これが、彼女と私を繋ぐ架け橋となればいい。桃花がヴァルヌスへ来た時、身を立てる助けともなる。
それ以上に。私の身代わりで彼女を見守って欲しい。そんな願いを込めながら、桃花の茶色がかった瞳を見つめた。
また、きみには笑って欲しい。
あの雪の日を照らした太陽のように。
「オレはずっと――あなたが好きだ。これからも、ずっと。太陽のように笑うあなただから、許されるならその笑顔を一番そばで見たい。けれど、あなたは素直でないから。ちゃんと自分の気持ちを認めて欲しい」
私は呆然とした桃花の両手をもう一度握りしめ、名残惜しく思いながらも離れた。
「――嘘つき呼ばわりが嫌なら、来い」
最後にも挑発を忘れずに、私は彼女のそばを離れてテーブルから離れる。未練がましく振り返らずに店から出た。
後は、桃花の決断次第だが。私は不思議と確信していた。
彼女はきっと来る――と。
見上げた空は、澄みきった初春の月色に染まってた。