Schneehase~雪うさぎ
身代わり王子にご用心番外編
ベルンハルト城に到着してすぐ、母上のいらっしゃる部屋を訪れた。今は春だが標高が高めのカッティエは肌寒く、母上のお身体によくない。だから、お出迎えは断り部屋を訪れる約束をしていた。
『まあ、カイ』
母上は私を見た途端に両腕をこちらの背中に回してきた。抱きしめられるなど、幼いころ以来だが。ほぼ10年ぶりに息子に会えたのだ。感極まっておられるのだろう。
『背がこんなに高くなったのね……雅幸も大きかったけど、あなたの方が少し高いかしら? もっと顔をよく見せて……ああ、父上の若い頃そっくり』
普段は控えめで大人しい母上が、それだけ喋るのは珍しい。異国で夫に先立たれた上に、息子が10年も異国に行ってしまって。孤独感も不安もあったろうに、母上は息子のわがままを容認し、後押しまでして下さったのだ。母上にはいくら感謝をしてもし足りない。
『はい、母上。本当にありがとうございました。お寂しい想いをさせて申し訳ありません。これからはなるべく顔を見せに来ますから』
『いいのよ、こうして無事に戻ってくれただけで私には十分。さ、今日はあなたの好きなものを用意したのよ。陛下がいらしたらすぐに夕食にしましょう』
その前に、と母上は手ずから紅茶を淹れてくださる。侍女の手助けを断り、親子水入らずで過ごしたいからと部屋から退出させた。
長椅子に並んで座った母上は、シナモンケーキを切りながら口を開く。
『それで……意中の彼女とは? あなたが日本へ向かった一番の理由はそれでしょう?』