Schneehase~雪うさぎ 身代わり王子にご用心番外編



母上は私が日本へ発つまで、特に理由を問い質すこともならさなかった。ただ、“あなたやりたいようになさって。ただ、後悔だけはしないで”と控えめに伝えてこられただけだ。


それまでも私に恋愛に関しての話は一切されなかった。年頃の息子を相手に、“好きな人や気になる人はいないの?”なんてありがちでいて、和むようなやり取りすら。


私は極力桃花の話は避けていたし、幼なじみ以外誰にも打ち明けなかった。桃花の存在が公に露になれば、きっと誰にもよくない結果が待っていると解っていたからだ。


だがやはり、母上はすべてをお見通しだった。母上には敵わない。


微苦笑を作った私は、母上の淹れてくださる紅茶の薫りを堪能し、一口だけ含んで上質な味わいを楽しんだ。


「はい。お陰で彼女には伝えることができました」

「そう、よかったわ」


母上は肩から力が抜けたように、あからさまにホッと息を吐く。胸に手を当てて瞳を伏せると、長い睫毛の影が薄い茶色を覆う。


「あなたには子ども時代からずいぶん寂しい思いをさせてしまったから、わたくしは気がかりだったの。あなたはいつもいつも周りの人間を観察し、必要な結果を出すために自分を抑え振る舞うのに慣れてしまっていて。本当の気持ちをきちんと伝えられるのか、と。
あなたは小さな頃から聡明で、人の機微に敏感で。自分が期待をされる役割を必要以上に演じてきた。 それは素晴らしいことだけど、心底欲しいものを前に怯えて立ち竦まないか心配だったのよ。
普段から伝え慣れていなければ、いざ本心を晒そうとしても難しいものですもの」


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