Schneehase~雪うさぎ
身代わり王子にご用心番外編
バーク卿が最後にエリザベスに会ったのは27年前。だが、エリザベスは30年ぶりと言った。
やはり、彼女はバーク卿と再会したことを憶えていなかったのだろうか? それとも。
ともかく、バーク卿は彼女の幸せを考えて身を引いた。記憶を失ったエリザベスの混乱を招かぬよう、彼女の新しい家族に亀裂を入れるつもりはなかったはずだ。
だが、だからこそ私はあえてエリザベスへ連絡を取った。バーク卿に過去と向き合ってもらうために。
『……驚くのも無理はないわね。あなたはいつでも私のことを考えていてくれた。だから、デイヴと暮らしてる私を見て、なにも言わずに去ったのでしょう?二度と会うまいと決意をして』
『ベス……まさか、思い出していたのか?』
驚きからか、バーク卿の鳶色の目が見開かれる。
『ええ。三人目が生まれて落ち着いたころ、デイヴ……夫が話してくれたの。家族の生存とあなたのことを。最初は混乱したけど、ゆっくり思い出していったわ』
エリザベスはバーク卿へ歩み寄った後に、彼の両手を取って自分の手で包み込む。その瞳からハラハラと涙をこぼした。
『……ありがとう、フラン。あなたが守ってくれたから、私は生きてこられたの。あなたの愛が、私を助けてくれた。そして、ごめんなさい……約束を守れなくて』
『いや……』
バーク卿は一度目を瞑ると、エリザベスに向けて静かに問いかけた。
『ベス。君は今、幸せかい?』
バーク卿の問いかけに、エリザベスはゆっくりと微笑む。
『ええ、とっても。もうすぐ初めての孫も生まれるわ……』
『そうか……それでいいんだ、エリザベス。それがあなたの人生なのだから』
バーク卿は年輪を感じさせる顔を綻ばせ、エリザベスに微笑み返す。それ以上は何も言わずとも解りあえたようで、ただ静かな時が流れた。