Schneehase~雪うさぎ 身代わり王子にご用心番外編



精神的な疲労感を強く感じながら自室へたどり着いたのは、日付を越えた午前1時過ぎ。


カイ殿下は日付変更前に帰したが、残務処理など必要な仕事をこなせばさらに遅くなる。


脅しが効いたか政務の9割方は片付いた。残りは朝早くからやらせれば処理できるだろう。


城内に用意された私の部屋は王太子宮の一区画にある。こじんまりと地味な設えではあるが、不必要な派手さは好まないのでちょうど良い。 私の実家の両親も豪奢や豪華さや華美を嫌う。


疲労感が肩にのし掛かり体を重くするが、私はきちんと夜着に着替えて着ていたスーツはハンガーに掛ける。侍従の中には侍女を使う者も珍しくないが、私的な空間に不要な人間――特に女など――入れたくない私は、身の回りのことは全て己で行う。


だいたい、自ら他人を己のテリトリーに招き入れるなど信じられない。完全にコントロール出来る相手ならばともかく、そうで無ければ踏み入らせなければいい。


自分に、肉親以外の親しい人間など不要だ――そう考えていたはずだった。


たった半年前までは。


「…………」


カチリと解錠した机の引き出しを開き、薄いグリーンのハンカチに包まれたものを手のひらに載せる。


ためらいながら開いた中には――既に萎れ乾燥しかけた花が入っていた。


「雪菜……」


その名前を唇に載せただけで、なぜか甘い痺れるような感情が胸に湧いてくる。


まだ降り積もる雪を抱く景色をガラス越しに眺めながら、私は海を越えた土地にいる彼女を想う。


(……あなたは今何をしているのでしょうか?)


再びハンカチにくるんだ花を手のひらで包み込む。あるはずのない彼女のあたたかさが、ぬくもりが伝わるような気がした。



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