Schneehase~雪うさぎ
身代わり王子にご用心番外編
シュッ、と空を裂いて飛来する何かを、手のひらで受けとめた。
「……ラムネ?」
見たことがないラベルが貼られた緑色の瓶に入ったものは、どうやら炭酸飲料らしい。今購入したてかひんやりと冷たく、瓶の表面に水滴がついていた。
「それ、飲みな。今日は暑いから気分もスカッとするよ」
100円ショップの軒先から出てきたのは、くしゃくしゃのジーンズにグレーのシャツを着た昨日の女。女は部下にも瓶を投げて寄越した。
「それ、日本にしかない飲み物だよ。どうせ帰っちゃうんだろ? お土産に持っていきなよ」
女がそう言うのも無理はない。この国道はまっすぐ行けば、空港線まで遠くない。私が帰国の途につくなど容易に察せるだろう。
しかし、と私は手のひらに納めた瓶を見ながら思う。
昨日の謝礼もまだと言うのに、これ以上何かを受け取るのはさすがの私も心苦しい。ならば謝礼を弾むべきか、と私は隠しポケットから財布を取り出した。
幸い、まだユーロに両替してない日本円はある。それを札入れから抜き出した私は、手近な封筒に入れて女に差し出した。
「受け取りなさい」
「……何だこれは?」
「昨日と、今日の謝礼だ」
訝しげに封筒に見入った女は、数分の後にそれを受け取った。
そして、開封して中身を確かめた女は大きく目を見開くと肩をぷるぷると震わせた。おそらく嬉しさからだろう。
(やはり口先だけだったな)
昨日は大それたことをうそぶいていたが、所詮は人間。欲の前に欺瞞などあっさり瓦解する。
これでいい。二度と逢うことはないだろう、と踵を返しかけた時――何かを裂く音がして、風に乗って灰色と白が舞う。
まさか……と肩越しに振り向けば。
女は、あろうことか11万円が入った封筒をビリビリに破り、私へ向かって叩きつけるように投げてきたのだ。
「バカに、すんな!!」
女は――涙をいっぱいにためながら、私をギッと睨み付ける。