Schneehase~雪うさぎ
身代わり王子にご用心番外編
「あん、どうしたんだ? 固まってるし」
つんつん、と眉間に触れられた感触があり、視線を上げれば雪菜が指先でつついてきたようだ。
「庶民とは……思ったよりも不自由なものだな……痛!」
「はあ? なに上から目線でものを言ってやがる。お貴族様からすりゃ、そりゃ多数の人たちは金持ちじゃないさ。大豪邸じゃない家一件買うのに、30年ローン組んでさ。ヒーコラ言いながら子育てして……だけど。そんな中でもしあわせなんだよ」
耳たぶを摘まんで引っ張られるなど、生まれて初めての経験だ。というか母や父からですら、打たれた経験もないのに。異国の、しかも見知らぬ女に拷問されるとは。私はそんなに罪深いことをしたのだろうか?
しかし、痛みの中で聞いた雪菜の話が不思議でならない。
ヴァルヌスも国土が狭い上に山岳地帯が多いから土地事情は似ているが、わざわざローンを組んでまで家を建てるという発想からして謎だ。ヴァルヌスでは結婚したら親との同居が当然なので、家は広めに作られている。石造りで築100年も珍しくないから、わざわざ新規で建てる必要などない。
30年もローンを払い続けていたら、あっという間に定年で完全に自分のものになる頃には引退。あとは余生を過ごすだけ。まったく意味がわからなくて、首を捻った。
「日本人はコマネズミのように働くのが好きなのか?」
「ああそうさ。それもこれも、誰のためでもなく、自分と家族のためさ」
雪菜はそう言うとやっと指を放してくれたが、しばらくずきずきとした痛みが残った。