Schneehase~雪うさぎ
身代わり王子にご用心番外編
深夜のファミレスでは少ないながらも客はいる。きっと私のような人間が頭を下げるなど珍しいのだろう。方々から視線を感じたが、いちいちかかずらう余裕はない。
「アルベルトさん、顔を上げてください」
沈黙を破ったのは桃花の声で。その言葉通りに視線を上げれば、彼女は至極真面目な顔つきで着席を促してきた。
「申し訳ありません、このような場で。しかしながら、お恥ずかしい話……こちらで信じ任せられる女性はあなたしかいないのです」
「…………」
やはり、桃花自身も困惑が深まるばかりで、どうしたら良いのか判断しかねているようだ。だいたい、今の彼女は多忙で他人に割ける時間などほぼないだろう。そんな中での無茶な願いなど十二分に承知している。
だが、カイ王子が生涯を共にと望む女性なのだ。生憎私は人伝の情報がほとんどだが、将来の王妃としての資質があるならばきっと無下にはできないはずだ。卑怯かもしれないが、そこに漬け込ませてもらう。
やがて、桃花は躊躇いがちに口にした。
「……どういった事情か、お聞きしても?」
「無論ですとも。こちらから無謀なお願いをしていることは重々承知しています。あなた様がお知りになりたいことがあれば機密以外は全てお答えいたします」
そう話した途端、彼女は顔色を変えていきなり立ち上がり伝票を手にする。一瞬焦ったが、彼女は行きましょうと告げた。
『それほど大切なお話ならば、こちらより私のアパートへ行きましょう』
綺麗に発音されたヴァルヌス式のドイツ語に、驚く他ない。それは涙ぐましい努力の賜物なのだろう。それよりも、咄嗟にドイツ語に切り替えた機転に感心した。