Schneehase~雪うさぎ
身代わり王子にご用心番外編
ひとつ結びにされた黒い髪の毛に触れるだけで、指先が熱くなる。さらさらのそれに指を滑らせながら、結ばれた紐を引っ張りほどいた。
ふわりと風に乗り散らばる髪から、何とも言えないいい薫りがした。心臓を狂わせる魅惑に打ち勝てず、指で一房掬い上げてすぐにぱらりとこぼした。
「……君は、結んでない方が似合う」
控えめな声で独りごちても、桃花のまぶたは下りたまま。ピクリとも動かない。
目覚める気配がないと知った私は、慎重に桃花に触れてみる。ふっくらした頬はあの日より女性らしい曲線を描いていて、すっかり大人っぽく成長をしていた。
たぶん、彼女は自分の価値を客観的に評価はできないだろう。深く傷つけられた幼い時代のトラウマが、彼女の自己評価を歪めてしまっている。
うっすらと色づいた桃色の唇や、全体に幼年期とは違う丸みを帯びた身体。すらっとした手足。きめ細かく吸い付きそうな肌。
たとえ家事のせいで手が荒れて筋肉がつき、日に焼けようとも。私から見ればむしろ魅力が増すだけだ。
妹に言い寄る輩は多いが、桃花に目を留める男は滅多にいないという。それは自分にとってとても都合がいい現実だ。
けれど、桃花だとていつまでも恋愛に無関心という訳でもないだろう。恋人の一人くらいは……と考えておかしくない年頃なのだ。その時近くに居られない自分はどうしようもない。
(イヤだ……)
桃花の隣に違う男が寄り添うことを想像しただけで、私の心臓が嫌な音を立てた。