Schneehase~雪うさぎ
身代わり王子にご用心番外編
痩せて筋ばってはいても、父の手は温かかった。その眼差しと同じで。
“私にとってそれは君の母である弥生だった。彼女がいたから、生きたいと強く願えた。生きる気力が湧いた。勇気を持てた。彼女とともに生きたいと思ったから”
“そんなに大切なひとなんですか?”
“ああ、きっとこの命で、体で。私の持つもので彼女が助かると言われるなら、全てを差し出してもいいくらいにはね”
父の答えは、まだ5つに過ぎなかった当時の私には衝撃的なものだった。
まだまだ子どもの私には、自分の命や体や……大切にしていた玩具と引き換えにしてまで、欲しいと思えるものはなかったから。
だけど……。
なぜだろう。
その時、私の脳裏に蘇ってきたのは。白い雪景色の中に浮かんだ、鮮やかな赤い実。
楕円形の雪のかたまりに、耳に見立てた葉っぱを立て赤い実で目を表した、日本独特の雪の像。
そして……
その雪うさぎを手に頬を真っ赤にして笑った、あの女の子の笑顔が。私の中にあたたかい何かを感じさせた。
(……また、見たい)
あの女の子の笑顔を、真っ赤な顔を。また見てみたい。
そして、知らず知らず無意識に私は父に願い出ていた。
“父上、僕に日本語を習わせてください”――と。