いつもので。
1・イケメンなお客様のご所望は?
短大生のときにバイトをしていたカフェでそのまま社員となって半年が経った。
ランチが終わり、人がまばらになる夕方になり始めた頃を見計らって、バイト時代からの常連でもあった彼は、きっと今日もやってくる。
「いらっしゃいませ」
「いつもので」
わたしたちの間でこのやり取りができるようになったのはいつからだったのか…もう思い出せるほど最近のことではない。
でもバイト時代だったはずだ。
スーツ姿の彼は来店してすぐカウンターにいた私に注文をするといつもの席へと迷わず行ってしまう。
その背中をほんの少しだけ見つめてから彼の“いつもの”ものを注文票に書いていく。
「すずちゃん、また来たね」
ふふっと面白そうにわたしを見た店長の柳さんは彼の頼んだものを手際良く用意してカウンターに置いた。
わたしはそれをトレーに乗せ、苦笑いを浮かべる。
「偶然ですよ。それにわたしはあの人のことはなにも知りませんもん」
そう、たとえわたしのお休みの日には彼が来ないという事実があったとしても偶然だと思うことしかできない。
「すずちゃんのそういうところかわいいね」
「…どういうところのことを言ってるんですか」
一回り年の離れた店長は男の人だけど、恋愛対象ではなくいいお兄さんという感じだ。
それに奥さんもいるしね。
「このあと少し抜けていいかな」
「はい。梨麻さんのところですよね」
柳さんの奥さんの梨麻さんは元々ここで働いていたけれど今は産休中で近くにある自宅にいる。
「うん。なにかあったらケータイ鳴らしてね」
いそいそと帰る支度を始めた店長は顔が緩んできている。
確かに梨麻さんは美人で優しくて素敵で、べた惚れなのはわかるけどさ。
「お願いですから、忙しくなる前に自発的に戻ってきてくださいね」
「うんうん」
なんだか流された気もするけれど、店長はひらひらと手を振りながら出て行ってしまった。
< 1 / 18 >