いつもので。
店内にはふたりしかいないから、わたしに向けられたものだろう。
「は、い」
お客様を無視するわけにもいかないから、体の向きを変えると、立ち上がった彼がわたしを見下ろした。
「~っ」
合わせないようにしていた視線が絡んでしまって、ぎゅうぎゅうに溜め込んでいたものを溢れ出してしまいたくなる。
…彼の瞳にわたしが映る、それだけでたまらなくなるし、逃げ出したくもなる。
「おまえは本当に俺のことをなにも知らないのか?」
「え…」
反射的に後ずさると逃がさないというように頬を大きな手で包まれた。
「わたし、知らないです。…なにも」
そう、顔を知っているだけで名前も年齢も、なにも知らないのだ。
面識があるとはいえ知らない人なのに触れられて嫌悪感がないのは、わたしが惹かれていたから…気づかないうちに、好きになってしまっていたから…
「…これは誰がオーダーしてる?」
指差された先には彼のいつものメニューで、「あなたがオーダーしてます」と言うと、デコピンをされた。
「俺は“いつもの”としか言っていない。店長に注文を言ってるのは誰だ?」
デコピンをしたのは自分のクセに、そこをそっと指先で撫でられて神経が額に集中した。
彼から“いつもの”と言われて、店長にオーダーしているのは…
「わたし、です」
「なら、知ってるじゃないか。俺のこと」
こんなにも近い距離で見つめられて、どうしたらいいのかわからなくなる。
「それだけ、です」
「十分だろ。だから、俺のものになれ」