恋色カフェ SS集
そういえば昼飯食ってなかったな、と腹の空き具合で思い出す。
確か、この近くにベーグル専門のカフェがあった筈。俺は偵察も兼ねて、そこへ行くことにした。
通りを歩くと、すぐ店は見つかった。
前に来た時にはなかったスタンド式の黒板には、女性が書いたと思われる丸い文字で今日のおすすめが書かれている。
『どんなにサボっても社長の息子だからお咎めなしって、本当にいいご身分ですね』
ふと、いつかの彼女の言葉が頭の中に響いた。
さっき理英と彼女の話をしたからだろうと思ったが、以前この店に偵察に来た後言われたのだとすぐに思い出した。
その一件で、何となく気まずくなってから初めて自分の本音を知ったなんて――今考えても情けない。
でも、あの頃の俺は感情のおもむくままに行動を起こすことは出来なかった。目の前からいなくなってしまうことも止められずに、ただその日を迎えることしか出来なかった。
――今、彼女はどうしているのだろう。
苦い思いを噛みしめながらカフェの扉をくぐると、焼きたてのベーグルの香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
俺はパンチェッタとルッコラのベーグルサンドとブレンドコーヒーを注文する。
カウンターでコーヒーだけ先に受け取り、どこに座ろうかと席の方を振り向く。
――と。
「……嘘、だろ」