恋色カフェ SS集
確認事項があってフロアに降りると、店内は甘い香りに包まれていた。
「いい香りだねー。事務所の近くまでほんのり漂ってきてたよ」
「お昼食べる前はこの甘い香りが憎らしかったですけどね。もうお腹減っちゃって」
怜ちゃんはそう言って苦笑する。
『アンバー』はバレンタインデーの今日限定で、ホットチョコレートをメニューに載せている。今日だけはコーヒーよりもホットチョコレートの方が売り上げがいいんじゃないかという程、開店からたくさんの注文が入っているらしい。
「彗さんは今日、彼氏と過ごすんですか?」
ふたりの関係はスタッフには相変わらず内緒にしている。一部にはバレてしまっているけど、その“ふたり”も黙ってくれているようだ。
「んー……どうだろ。最近忙しいみたいだからね」
事務所に戻り際、キッチンの方へと視線を向けてみる。店長がホットチョコレートをカップに注いでいるのが見えた。
近々、ここを運営しているモリヤコーポレーションが組織改正をするらしく、森谷店長は連日のようにモリヤ本社に出向いている。そして今日もきっとモリヤに行ってしまうのだろう。
私が彼のスケジュールを把握していないのは、タイミングが合わず聞きそびれているせいだ。
もちろんメールで訊くことも考えたけど、ここのところ他愛もないメールの返事すら来ない状況が続いていて、多分訊いたところで返信はないだろうと諦めた。