恋色カフェ SS集
「付き合って初めてのバレンタインデー、なのにな……」
デスクの足元に置いてあるバッグには、昨日の夜必死で作ったトリュフが入っている。タイミングを見ていつでも店長に手渡せるようにとここに持ってはきたものの、そのタイミングは一向に訪れない。
そうこうしているうちに、あっという間に終業の時間になってしまった。意味もなく事務所に残っている訳にもいかない。仕方なくチョコレートの箱を店長のデスクに忍ばせようと立ちあがると、内線電話が鳴ってドキリとした。
《ああ、まだいてよかった! 高宮さん、今日残業お願い》
店長はそれだけ言うと、私が返答する前に電話を切ってしまった。
どういうつもりだろうと思いながらも、期待はふくらんでいく。
今日はモリヤ本社には行かないのかもしれない。私の為に時間を取ってくれるのかもしれない。
口元が緩みそうになって慌てて口を結ぶ。そろそろ早番が上がってくる頃だ。こんな顔を誰かに見られでもしたら、気味悪がられてしまう。
程なくしてパタパタと小走りのような足音が聞こえてきた。スタッフだろうと思っていると、事務所に入ってきたのは――森谷店長。
「本社行ってくる!」
私が驚いているうち、店長は書類の入った鞄を掴んですぐに事務所を出ていってしまった。
「……どういうこと?」
私を残業させた理由は何だったの……?
途方に暮れながら、私は仕方なく淡々と仕事をこなした。
アンバーの閉店時間になっても店長が戻ってくる気配はない。ほんの少しの希望もあっけなく崩れ去っていく。