不機嫌主任の溺愛宣言
「あれ、忠臣さん?」
通話を終えた一華が忠臣の元へ戻ると、その姿は見えなかった。不思議に思いキョロキョロと辺りを見回す。すると、併設されている旅館の敷地からこちらへ戻ってくる忠臣の姿が見えた。
少し長電話になって退屈させてしまったかと思い、一華は彼に駆け寄って謝った。
「ごめんなさい、長くなっちゃって。実は忠臣さんに会わせたい人が――」
「一華」
話を遮った忠臣の様子がおかしい事に、一華は気が付く。どうやらとんでもなく緊張しているらしい。その雰囲気に圧されて、彼女は言いかけた話をなんとなく噤んでしまった。
忠臣はスクェアフレームをキチリと直してから改めて一華に向き合うと、深呼吸をしてから彼女の手をとった。
「……今夜は帰さない」
「え?」
とつぜん、なんの脈絡もなく言われた言葉に、一華は全く理解できずただポカンとしてしまった。けれど、忠臣はそんな彼女の手を引くとそのまま旅館の方ヘ向かって歩き出す。
「へ、部屋が取れた。急でその、あれだから……必要なものがあれば、俺が揃える。宿泊費ももちろん俺が出す。明日なにか用事があるのなら必ず間に合うように送り届ける。だから、その…………今夜は帰さない」
真っ赤に染まった忠臣の横顔を見て、一華はようやく状況が理解できた。その途端、彼女の顔も真っ赤に染まる。どうしてこの男はいつもいつもやる事が突飛なのか、と高鳴る心臓を痛くさえ思いながら。
「忠臣さん、その……なんで急に」
聞くのは野暮だろうかとも思ったが、突如彼が清水の舞台から飛び降りるような決意をした理由が知りたくて、一華は躊躇いがちに尋ねた。
忠臣はピタリと足を止めると視線を地面に落とし、赤い顔に汗を一筋流してから答えた。
「君を……俺だけのものにしたいんだ」
そのこっ恥ずかしい台詞が一華の耳に届く瞬間だった。
「おーい!いっちゃーん!」
遠くから若い男が一華に向かって手を振りながら大声で呼びかけてきたのは。