不機嫌主任の溺愛宣言

冷水を被りすぎ、一体風呂に何しに行ったのか分からないほど身体を冷やして、忠臣は浴場から部屋に返ってきた。

同じく風呂に行った一華はまだ戻ってきていない。が、和室の部屋には既に二組の布団がきっちり敷かれ、いつ寝てもいい状態に整われていた。それを見てまた忠臣の脈拍が上昇する。

リラックスするために備え付けのビールでも飲めばいいものを、生真面目な忠臣は先ほど右近から届いた業務報告に目を通そうとスマートフォンを手に取る。仕事をしていた方がいつもの自分に戻れるような気がするのだ。

右近の明るい声が聞こえてきそうな『お疲れ様です!休暇は楽しんでますか?現場は僕に任せてリフレッシュして来て下さいね』そんな気遣いが添えられた業務報告。各店舗の本日の売り上げと幾つかの連絡事項が書かれているそれに、忠臣はじっくり目を通した。

「特に問題は無いが……焼き菓子を扱っている菓子店の数字が少し鈍いな。帰省土産のシーズンなのだから、もっと伸びていいはずだ。少し発破をかけるよう右近に指示しておくか。それと、食中毒防止に衛生管理には万全の注意を払い……」

自分でも気付かないうちに眉間に皺を寄せ、忠臣はいつものミスター不機嫌の雰囲気を滲ませる。集中してスマートフォンに向かって返信を打っていると、気付かないうちに戻ってきた一華がクスクスと可笑しそうに笑いながら、後ろから忠臣の手元を覗き込んでいた。

「お疲れ様です。さすが忠臣さん、真面目ですね。すっかりいつもの“前園主任”の顔になってましたよ」

「い、一華。戻ってたのか」

旅館の浴衣姿に風呂上りのラフな髪、なのに表情はミスター不機嫌になっている忠臣が可笑しくて、一華は気付かれなかったのをいい事にしばらく彼のそんな姿を眺めていたのだ。

「ふふ、どうぞ私に構わず続けてください」

「いや、もう返信したところだ。すまない、旅行に来てまでこんな野暮な姿を見せて」

スマートフォンをテーブルに置き振り返れば、忠臣の瞳に映ったのは、初めて見る湯上りの色香漂う一華の浴衣姿。

せっかく仕事をして冷静になった頭が再び熱を帯びていく。
 
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