不機嫌主任の溺愛宣言
「すみません、髪乾かすのに時間掛かっちゃって。待ちました?」
「……いや。そんな事はない」
会話しながらタオルを部屋のポールに掛けに行く一華。長い髪をざっくりとバレッタでまとめ上げ、細くて白い首には後れ毛が無防備に揺れている。
それに目を奪われ、忠臣は思わずゴクリと生唾を飲んだ。彼は“官能的”という言葉の本当の意味を、今知った気がした。
もういっそこのまま強引に腕を引いて押し倒してしまいそうな気持ちに、必死にストップをかける。
「何か冷たいものでも飲むか?」
「ありがとうございます。じゃあ、何か炭酸のアルコールがいいかな」
忠臣は部屋の冷蔵庫からスパークリングロゼの小瓶とビールを出し、グラスと共に広縁のテーブルに置いた。発泡する薄桃の液体を柔らかな唇に流し込み「よく冷えてて美味しい」と、微笑む一華。その笑顔が目の前の男のハートを鷲づかみにしているとも知らずに、彼女は無邪気なものだった。
広縁の窓から見える中庭は情緒ある古池を静かにライトアップさせていて、静粛なムードを醸し出してくれている。
ふたり、その灯に照らされながらしばし黙って飲み物を口に運んだ。何か雰囲気を和ませるため会話を…!と忠臣は心で思うも、今の彼に気の利いた話題など浮かぶはずも無い。すると、ゆっくりと口を開いたのは一華の方だった。
「今日は楽しかったですね。鎌倉は大好きな場所だから一緒に来られて嬉しかったです。また来ましょうね」
何気ない言葉だったが、それは異常なほど緊張していた忠臣の気持ちをふっとほどいた。
「……そうだな。また来よう、何度でも。鎌倉だけじゃない、君の行きたい所はどこだって全て行こう。とても……楽しみだ」
一華が愛しいと、忠臣は心から思う。
これからもずっとずっと隣にいたい、笑顔を見続けたいと初めて思えた女性。恋の喜びも切なさも、全部教えてくれた彼女が本当に愛しいと。
それに改めて気付いた時、忠臣は彼女と肌を重ねる事がとても自然な事の様に思えた。これからも共に時を重ねるふたりが自然に迎える流れのひとつに。
緊張や恥ずかしさより愛おしい想いが遥かに上回っていく。
――……一華が欲しい……
自然に湧き上がった感情に身を任せ、忠臣は椅子から立ち上がると一華の隣に立ってそっと頬に手を伸ばした。
それが何を意味するかに気付いた彼女も、顔を上げ黙って目を閉じる。
柔らかに重なり合う唇。そして、優しいキスが離れた後、忠臣は切れ長な瞳に一華を映して言った。
「……俺はきっと、君が思っているよりもずっと君のことが好きだ。だから、みっともなく夢中になってしまうかも知れないが……今夜だけは、許して欲しい」
そしてもう1度。チュッと音を立てて唇を触れ合わせてから告げる。
「一華。君が欲しい」
と。