不機嫌主任の溺愛宣言
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翌週。AM9時50分。福見屋デパート地下1階の朝礼風景。
そこには、夏季休暇を終えた忠臣が数日振りに姿を見せていた。
清潔感漂うアップバングの髪。真っ白なワイシャツにピシリと折り目のついたスラックス、クールビズでも隙の無い出で立ちに、堅苦しいスクェアフレームの奥のクールな伏目がちの瞳。そして、彼の厳しさと堅物さを象徴する眉間の皺。その姿は相変わらずの“ミスター不機嫌”のように見えた。しかし。
「――以上が本日の業務連絡です。全員、身を引き締めて業務に取り掛かると同時に、連日の猛暑に負けないよう体調にも気を配って下さい。決して無理はしないように」
お説教尽くしで終わるかと思われたミスター不機嫌の話が、まさか従業員を気遣う言葉で締められて、朝礼の場はにわかにざわつく。
「きょ、今日は前園主任が従業員を気遣ったわよ……!」
「大丈夫か主任。自分が暑さでどうかしちゃってるんじゃないのか?」
「やっぱり本当は優しい人なのよ、前園主任って」
そんな従業員のヒソヒソ声を聞きながら、右近は堪えきれず笑ってしまう口元を必死で手で隠した。
――分かりやす過ぎです、主任!どんだけ幸せな夏休み過ごしてきたんですか。もう、こっちの方が照れちゃうっての。
右近のそんな様子と、朝礼に並ぶ一華のなんとも言えない表情に気付き、忠臣は慌てて一言を付け加える。
「えー……、その、体調管理は自己責任なので、業務に支障が出ないよう注意し、各自しっかり努めるようにと言う事です。以上」
いつもの厳しさを保ったつもりだったが時すでに遅し。この後、福見屋デパ地下の従業員の間には『やっぱり前園主任は丸くなった』との噂がまことしやかに流れ、忠臣は滲み出る幸せを隠すにはどうしたらいいかと、実に贅沢な悩みに頭を抱えるのであった。