不機嫌主任の溺愛宣言

※※※


PM8時。

事務所でデスクワークを片付けていた忠臣は一服しようと思い席を立ち上がった。普段は滅多に吸わない煙草だが、今日はなんだか無性に吸いたい。胸ポケットのアイスブラストを手で探りながら彼は足を喫煙所へと向けた。

と、喫煙所の前まで来た時ライターがない事に気がついた。
車に落としたか?忠臣は自分の思考を遡って探る。

別に煙草を吸うだけなら誰かに借りれば良いし、その辺で使い捨てられる物を買ってもいい。けれど、忠臣にとって煙草を吸うという事は、愛用のZIPPOで火を着ける手触りを楽しむものでもあったのだ。

少しだけ足を止め考えて、忠臣は駐車場へ向かって踵を返した。


従業員専用地下駐車場。薄暗く人の気配が無いはずの場所だったが

「やめて下さい!」

エレベーターが到着し扉が開いた瞬間、忠臣はただならぬ声を耳にした。

「なんでだよお!いつもあんたにいい仕事まわしてやってんのは俺だろお!?少しは感謝しろよお!」

「感謝って…!それが加賀さんの仕事じゃないですか!それに私、特別いい仕事を紹介しろなんて言った覚えはありませんけど!」

「お前なあ、そんな態度だから前の担当者にも報告書に“問題あり”って書かれちゃうんだよ!ちょっとは可愛げ見せろってえ!契約更新してやらないぞ!」

「やめて!離してよ!!」

駐車場の柱の影で揉み合う様に争う男女の影。嫌がる女の腕を引っ張り無理矢理車に乗せようとする男の手を止めたのは「おい、止めろ」最高に不機嫌な表情をした“ミスター不機嫌”忠臣だった。
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