不機嫌主任の溺愛宣言
「上原部長の旦那さんって大手銀行のお偉いさんだって言うじゃないですか。つまり政略結婚ってやつですよ。あくまで僕の予想なんだけど、あんまり夫婦生活上手くいってないんじゃないかなあ。でも立場上おいそれと離婚も出来ないし」
「それで俺を慰み者にでもしたいと云う訳か」
「端的に言ってしまえばそうですけど。でも、実際に手を出してこない辺り、わりと真面目なんだなって言うか。ちょっと可愛いとこあるな、なんて僕は思いますけどね」
「くだらん」
不機嫌を最大限に露にしながら、忠臣は半分の長さになった煙草を強くもみ消した。右近は苦笑いを零し何かフォローを入れようとしたけれど、喫煙所に他の従業員が入ってきたのでこの話は否応なしに中断された。
***
夜になっても忠臣の胸はまだ苛立ちを燻り続けていた。
それも仕方の無いこと、自分だけではなく大切な一華を巻き込ませてしまったのだから。しかも、来月の物産展での結果が悪ければそれこそ梓に何を言われるか分からない。ただでさえ大きなプレッシャーは、つまらない不快さを帯びて一層大きくなり忠臣の胸を詰まらせた。
「忠臣さんて、煙草吸うんですね」
マンションのベランダに出て煙を燻らせていた忠臣に、シャワーからあがった一華が声を掛ける。
鎌倉で一夜を共にして以来、ふたりはお互いの部屋に泊まるようにもなっていた。明日は忠臣の公休と一華のシフト休。休みが重なれば前日の夜はどちらかの部屋に泊まるのが、ふたりの自然な過ごし方になりつつある。それ故に今夜も一華は彼の部屋に泊まりに来て、すでに熱い時間を過ごしたというのに。
汗と乱れた痕を洗い流しシャワーから戻ってきてみれば、忠臣は寝室ではなくリビングからベランダに出て煙草をふかしていた。