不機嫌主任の溺愛宣言
(2)
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「わあ、素敵な時計ね」
一華の誕生日の翌日。AM9時15分。
更衣室で制服に着替えていると、隣のロッカーの中野あゆみが声を掛けてきた。その視線は一華の左手首に光るピンクゴールドのバングルウォッチに注がれている。
「どうも」
素っ気無く答えながら、一華はそれを外して鞄の中にしまった。生鮮食品を扱う業務上、仕事中は装飾品は外す規約になっている。けれど、あゆみはそれを目で追いながらニコニコと話を続けた。
「一昨日まではしてなかったよね?もしかして昨日バースデープレゼントに恋人からもらったとか?」
分かりやすく勘繰られて、一華はわずらわしそうに鞄をロッカーの奥に入れて扉を閉じると簡潔に答える。
「家族にもらった物です」
ここで『恋人にもらった』と馬鹿正直に答えれば更に勘繰られるのは明白だった。ましてや相手は忠臣なのだから、口外など出来るはずも無い。一華はウソは大嫌いだが、下世話な好奇心をかわすにはこれも方便だと自分に言い聞かせる。
「なーんだ。姫崎さんならてっきり彼氏から貢がれた物かと思ったのにぃ」
あゆみの発言した“貢がれた”という言い方が、既に偏見に凝り固まっていて一華を傷付ける。まるで男からプレゼントを巻き上げる悪女のような物言いに、一華は小さく溜息を零すと無言のままロッカーを後にした。
「あっ待って、姫崎さん」
けれど、あゆみはそんな一華の様子にも気付かず後を着いて来る。なんで急に付きまとうようになったのか訝しげに思いながら一華が更衣室を出て通路を歩いていると、ちょうど向こう側の角から忠臣と右近が歩いて来るのが見えた。