不機嫌主任の溺愛宣言
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それは、上原梓が再び福見屋デパート大宮店に訪れた日のこと。
私用で午後からの出勤をしてきた中野あゆみが地下駐車場で車を降りると、すぐさま誰かの言い争う声が聞こえた。
「そんな……出来ませんよ!地下の従業員に関しては前園主任が管轄なんですから、いくら部長でもそれは……」
「いいから、あなたは黙って更新の手続きを私に回すように、派遣会社に指示すればいいのよ」
あゆみが柱の陰に隠れながらそっと近付いて見ると、それは地下エレベーターの近くで言い争う右近と梓の姿だった。尋常ではないその様子に、あゆみは思わず息を飲み聞き耳を立ててしまう。
「……わざわざ僕に見送りに来いなんて言うから変だと思ったんです。主任に隠れてそんな命令は聞けません」
「さすが前園くんの部下ね、融通が利かないこと。それに、隠れてなんて人聞きが悪いわ。忙しい彼の手を煩わせないようにしてあげてるだけでしょ」
いつものように威圧感たっぷりの梓は腕を組んで右近を見つめる。その視線を受けて、右近は悲しげに眉を顰めると苦々しそうに口を開いた。
「それで……姫崎さんの契約更新を打ち切るつもりですか?」
その言葉に、梓の表情が一瞬こわばる。けれど彼女が言葉を返すことは無く、右近が続けた話を黙って聞いていた。
「例え姫崎さんを【Puff&Puff】から辞めさせても、前園主任との関係は変わらないと思いますよ。あのふたりは仕事とプライベートを完璧に分けてますから。職場で会えなくなったって、今まで通りのお付き合いをされるでしょうね。尤も、上原部長が単に姫崎さんを福見屋から追い出したいだけなら、望みは叶うんでしょうけど」
臆することなく言い切った右近に、梓が力の籠もった視線をぶつける。
「口を慎みなさい、右近。これは上司命令よ。あなたは余計な詮索をせずに派遣業者に連絡をすればいいの。分かったわね?」
そう言い捨てると梓は、シガレットケースから煙草を一本取り出し火を着けながら右近に背を向け歩き出した。
自分の車へと戻っていく梓の背を見送りながら右近は
「地下駐車場は禁煙なのに……本当、困った上司だな」
手の掛かる女を見やる眼差しで、溜息と共に呟いた。