不機嫌主任の溺愛宣言
「ブースの配置について疑問があるのでしたら、終業後に事務所へ来て頂ければ、その根拠を資料を以て納得するまで説明しましょう。それから、全従業員に勧告です。ここは職場です。対価を払われてる以上、皆さんは決められた時間を勤労に宛てる義務があります。それを妨げる言動は慎むように。社会人として愚かな行為だと自覚して下さい」
厳しく響き渡った忠臣の声で、ようやく場は静粛を取り戻した。しかし、忠臣と一華には好奇心と妬みの視線が遠慮なく突き刺さる。
「では、今日も1日頑張りましょう!」
押し迫った開店時間に慌てるように右近が朝礼を締めた。従業員は各々の売り場へと開店準備に戻ったが、朝礼の混乱が尾を引いている事は皆の表情が語っていた。
そして忠臣も。この渦中に一華を残していく事を心配しながらも、今声を掛けることは出来ないと自分に言い聞かせ、その場を去った。
***
「それで、鈴木さんは納得したんですか?」
「ああ。どう難癖を着けたって数字を見れば【Puff&Puff】の好調は一目瞭然だ。渋々だが納得していった」
PM10時過ぎ。仕事を終えた忠臣は一華のアパートへと寄っていた。
業務中はお互い話をする事も出来ない現状だ。やっと落ち着いて一華と会話が出来る事に忠臣は安堵する。
綺麗に片付けられたワンルームの部屋。誕生日にもらったクレマチスが丁寧に手入れされ、未だ花を開かせたまま所々に飾られている。そんな幸せの思い出が残る部屋の中央で、忠臣はクッションに座り、一華の淹れてくれた紅茶をゆっくりと喉へ流し込んだ。
いつもならそれだけで心も顔も綻ぶものだが、さすがに今日の彼からは眉間の皺が消えない。
事の発端である鈴木には、業務後に時間を掛けて説明した事でどうにか納得してもらったが、広がってしまった噂はもうどうにも収集がつかなかった。
鈴木には、誰が忠臣と一華の噂話を最初に口にしたのか尋ねてみたが「みんな知ってますよ」とはぐらかされてしまい、結局騒動を広めた人物は分からなかった。