不機嫌主任の溺愛宣言

「主任、僕の方からも欠席を申し出た従業員を説得してみます」

「ああ、頼んだ。俺は他の派遣会社にまわせる人手が無いか掛け合ってみる。店長達は別店舗からの人員補充をもう1度試みてくれ」

ただでさえ猫の手も借りたい時に頭を抱えたくなるようなトラブル。けれど投げ出すわけにはいかない。現場責任者として忠臣は、例え寝る時間すら無くなったとしてもギリギリまで力を尽くすのみであった。

しかし、努力と云うものは必ずしも報われるものでは無く――



「……そうか。ご苦労だった。ああ、こっちはもう少し掛け合ってみる。後は俺に任せて、お前はそのまま直帰して構わない。今日はもう休んで明日の商品搬入の手配に備えてくれ」

忠臣はそう指示を出すと、電話の向こうで不安げな声を出す右近に「気にするな、大丈夫だ」と気丈に告げてから通話を切った。

けれど、通話を終え部屋に静寂が訪れると、髪をかき上げるように頭を抱えハーッと大きく溜息を零す。

PM11時。もうどの部門の従業員も残っていない福見屋デパートで、忠臣は未だ事務室でパソコンと向き合っていた。緊急の人員補充の手配をしていた為だ。

なかなか光明が見えない事態に、追い討ちを掛けるようにかかってきた右近からの電話。それは予想していた事であったが……休みを申請した従業員への説得は失敗に終わったと言う報告だった。

『中には“信用出来ない上司がいる以上辞める事も考えてます”なんて言う人もいて……とりつくしまも無い感じです』

さっき右近が電話の向こうで嘆くように発した言葉を思い出す。心の底から馬鹿馬鹿しいと思いながら忠臣は疲れた身体を椅子の背もたれに投げ出した。

――何故上司に恋人がいるだけで“信用できない”なんて発想に結びつくんだ。俺が一華と付き合ってる事が誰かに迷惑でも掛けたか!?

眉間に皺を刻みどうにも治まらない苛立ちを抱えながら、忠臣は気を落ち着かせようとワイシャツの胸ポケットを探って煙草を取り出そうとした。しかし。

「……そうか、煙草は」

自分が禁煙した事を思い出し、彼は何処かやるせない気持ちで天井を仰いだまま目を閉じた。
 
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