不機嫌主任の溺愛宣言

「……ふ、くくく……くっくっく……」

夜中の事務室でひとり、忠臣は自嘲の笑いを零す。さっきまでの自分があまりにも阿呆だったと、嘲笑うしかなかった。

――恋なんてするんじゃなかった?馬鹿を言え。したくてしたんじゃない。姫崎一華を前にして俺は成す術も無く堕ちたんだ。俺の35年間の人生を覆すときめきと幸福を以て、抗えない情熱の渦に堕ちたんだ。

そして、忠臣は一華の送ったメッセージを何度も目で追い、彼女の心に寄り添う。そう、まるでクレマチスのように高潔な心に。

――例え万人に妬まれようと。例え世界を敵に回そうと。この燃え上がるような恋心が消えるわけが無い。消せるものか……!!

一華と出会ってから今日までの日々を、忠臣は思い起こしていた。彼の中の女性像を塗り替えた出会い、心惹かれていった日々、初めて患う恋の病に翻弄され、それでも彼女に微笑んでもらえた日は世界で1番の幸福者だと思えた。

甘く、切なく、狂おしく。かけがえのない愛しい日々。
それは例えまだ短くとも、人生に於ける何よりの宝だと言えよう。

忠臣は顔を上げると、疲れて乱れていた髪を手櫛で整え、スクェアフレームをキチリと直してからデスクに向き直した。その表情には一点の曇りも無く、晴れ晴れと労働意欲に燃えている。

――どんな問題でも乗り越えてみせる。一華が励ましてくれるのなら、俺は何でも出来る。見ていろ、必ず物産展は成功を収める。そして、一華と祝杯をあげてみせようじゃないか。


かくして。今宵の忠臣は人材の手配から勢い余って翌日の搬送準備にブースとディスプレイの最終確認まで終えてしまい。

翌朝、出勤してきた右近が見たのは、事務室のデスクで突っ伏したままうたた寝をしている何処か幸せそうな忠臣の寝顔だった。

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