不機嫌主任の溺愛宣言
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「主任、良かったら今夜一杯どうです?」
水曜日の夜。PM9時。
忠臣が明日休みだという事を見計らって、部下で副主任の右近(うこん)が声を掛ける。上司の忠臣とは反対に、人懐こく明るい右近。けれど責任感は強く、頼まれた仕事は120パーセントの出来で返してくるこの男を、忠臣は気に入っていた。
「そうだな、久々に行くか」
快く答える忠臣。彼は非常に女嫌いで気難しい男ではあったが、同性の友人にはそれなりに心開く事もあった。もとより男子校の出身、異性を挟まない気楽な付き合いは好きな方なのだ。もっとも。例え同性であっても彼の嫌う軽薄な輩や卑怯な輩の前では、たちまち“ミスター不機嫌”になってしまうけれど。
「ふたつ先の駅前なんですけどね。旨い焼肉屋を見つけたんですよ。ちょっと遠いんで車で行って帰りは代行にしましょう」
快諾してくれた上司に嬉しそうに行き先を告げ、右近は手早く仕事の後片付けを始めた。
夜の繁華街。
居酒屋の入った雑居ビルが建ち並ぶ駅前は、平日と言えど人で賑わっていた。
「ここです、ここ」
近くのパーキングに車を止め、右近が逸るように店まで案内する。着いたそこはビルとビルの間に挟まれた小さな店で【炭火焼肉~カルビ1皿720円~】という、店名だか案内だか分からない看板が外に立っていた。
「渋い店だな」
「主任好きでしょう、こういうチャラくない店。味も確かですよ。まあ、色気なさすぎて客がおっさんだらけだけど」
右近のご機嫌な解説を聞きながら店の引き戸を開いた時だった。