不機嫌主任の溺愛宣言
「らっしゃいませ!」
威勢のいい店員の声に迎えられた忠臣が店内の光景の違和感に目を丸くする。忠臣だけじゃない。「あれ」と呟いて右近もキョトンとした顔をした。
キレイとかオシャレなどとは程遠い店内。肉を焼いた脂っこい煙がくゆう空気。圧倒的男性率の高い客層。そんな中、店の隅っこのテーブル席にあきらかに場違いなシルエットが見える。
毛先にカールの掛かった髪をキュッとひとつに束ね、白魚のような手でトングをテキパキと動かしながら肉を焼いて、桜色の麗しい唇にパクパクとそれを放り込んでいく、極上の美人の姿が。
「……姫崎一華」
忠臣は呆気にとられながら思わずその名を呟いた。それを聞いた右近も反応して口を開く。
「こんな所で意外な人物に会いましたね。テーブル、ひとりで座ってるみたいだけど…まさか、ひとりなのかな」
右近の言葉に、忠臣は伏目がちな瞳を大きく開いて驚く。
ひとり?焼肉屋で、しかもこんな粗野な店でひとりで食事だと?姫崎一華が?
女とは何時だってひとりではいられない、食事はもちろん用を足すのだって必ず群れを成す生き物だと思っていた。ましてや男だって一見なら少々入り難いこんな店で、うら若い娘が人目も気にせず黙々と。その姿は忠臣にとってあまりに衝撃的だった。
尋常じゃない顔をして驚いている忠臣を見て、右近が眉尻を下げて笑う。
「最近は“おひとりさま女子”とかって流行ってますからね。ひとりでも別に不思議はないけど、ただ彼女なら一緒に食事したい男はウジャウジャいるだろうに」
そんな会話をし交わしていると、店員がひとりパタパタと駆け寄ってきて
「すみません、今ちょっと満席で。少しだけお待ちいただけますか?」
と頭を下げた。