不機嫌主任の溺愛宣言
「……ただいま」
リビングの扉を開けて、男がもう一度帰宅した事を知らせる。けれど一華はやはり振り向きもしない。
テレビの中ではお笑いタレントがありきたりなトークをしている。当然、一華はこんな番組に夢中になってるワケではない。けれど彼女は振り向かないために画面を見続けた。すると。
「……君の好きなクレマチスの花を買ってきた。良かったら飾ってくれ」
彼女の前のテーブルに、瑞々しい青紫色の花束がそっとおかれた。緑の葉を織り交ぜ淡いピンクの包みとリボンで飾られたクレマチスの美しい花束。それが視界に入って、一華はわずかに目を見開く。
――こんな時間に花束だなんて、一体どこまで買いに行ってきたんだろう。うちのデパートの花屋にはクレマチスは置いてないから、少なくとも仕事を終えてから探しに行ったに違いない。……今朝ほんの少し拗ねて見せただけで。仕事が終わったあとの疲れた身体で私の好きな花を探しに行くなんて。
「忠臣さん」
一華は頬杖を着いた姿勢のまま花束を持ってきた男の名を呼びかけた。
「私、これから晩ごはん温め直すので忙しいから、その花適当に飾っといて下さい」
その言葉に、どこか沈んだ色を見せていた忠臣の顔に途端に赤みが差す。
「ああ、分かった」
いつもと変わらない筈の低い声に、けれど明らかに喜びが滲んでいる。そしてそれを聞いた一華も、綻びそうな口元を必死に堪えて忠臣の為の食事を温めなおしにソファーから立ち上がった。
本当になんて不器用で下手くそな愛情表現だろう。そんな事を心で毒づきながら。
――不器用男とツンデレ女の類まれなる美形カップル。この珍妙な男と女が数奇な出会いを果たしたのは、今から一年前に遡る――