不機嫌主任の溺愛宣言
駅前の喧騒の中で、一華はその事件の事を思い出し大きく溜息を吐き出す。
「相手が反省さえしてくれれば私は何でもいいです。私はその人の人生を潰したい訳じゃありませんし。変に揉めて逆恨みされてもイヤですから」
一華の言葉は達観し過ぎてると忠臣は感じた。それは、彼女がこんな事件に巻き込まれるのは初めてではないだろう事を物語っていて。冷めた目で自分の尊厳を踏みにじられるような事件と向き合うようになるまで、彼女がどれほどの苦痛を味わってきたのかと思うと、忠臣の胸は張り裂けそうなほどに痛んだ。
「姫崎……君の家はどこだ?」
忠臣の眉間に、皺が一本刻まれる。不機嫌を露にしたいつもの彼の表情。
「……戸田ですけど」
スクェアフレームを片手で押し上げ「そうか、分かった」と一拍頷いてから、忠臣は再び一華に目を向けて言った。
「迎えに行くから明日から君は俺の車で通勤するといい」
「はぁっ!?」
突拍子の無さ過ぎる発言に、一華は遠慮の無い呆れた声を発してしまった。
「いきなり何を言ってるんですか?意味が分からない。遠慮します」
「これ以上、君が痴漢の被害に遭うのを見たくないんだ」
「余計なお世話です。放っておいて下さい」
「放っておけない。君を守らせて欲しい。頼むから」
捲くし立てるようにそう言い切ってしまってから、忠臣はハッと息を飲み込み慌てて両手で顔を覆った。隠した顔がみるみる赤くなっていく。