不機嫌主任の溺愛宣言
――これじゃまるで、お姫様の馬車みたいじゃない。
一華は心の中でそんなメルヘンな毒を吐いた。ダッシュボードに飾られてる小さな動物のぬいぐるみが馬車の従者に見えてくる。
ピンクのシートクッションはフワフワで柔らかく座り心地もいいし、静かなBGMも快適だ。けど、ひんやりと冷たいコーヒーだけは口を付けられない。
カップを手に取ったまま飲もうとしない一華に気付き、忠臣は静かに低い声で尋ねる。
「何故飲まない?」
その言い方、その声、その表情。どう見ても不機嫌にしか見えない。けれど、一華もいい加減気付いてきた。多分彼は怒ってる訳ではないんだと。
「すみません。コーヒーは飲めないんです。せっかく買ってくださったのにごめんなさい」
体質なのだろう、冷たいコーヒーを飲むと腹痛を起こす事がよくあるので一華はそれを避けていた。わざわざ用意してくれた忠臣には申し訳ないけれど。
「……そうか。分かった」
いかにも気を悪くしたかのようにそっけなく答えた忠臣だったけれど
「……紅茶ならいいのか?」
やはり、別に怒ってるわけでは無さそうだった。
「紅茶なら大丈夫ですけど、でも、そんなに気を使わないで下さい。飲みたければ自分で買いますから」
それは遠慮などではなく、あまりに気遣われて心苦しい一華の本音だったのだけれど
「送迎する以上、俺には君を快適に送り届ける義務がある」
斜め上を行く忠臣の返答に、彼女は言葉をまたしても失った。
そんな義務は聞いた事が無い。もしあるとしたら、やっぱりこれはお姫様の馬車で、私はまるで傅かれる姫君じゃない。とメルヘンチックな毒を心で吐きながら。